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大学の卒業式に参加

アメリカの大学は、卒業の時期を3シーズンから選択することができる。卒業時期は、春(5月)、夏(8月)、冬(12月)で、春と夏のみ大々的な卒業式が行われる。私は8月の卒業を選んだため、卒業式に参加をするのであれば、冬か次の春にならなければ卒業式には参加できないのだ。卒業生の中には、卒業式というセレモニーに参加しない人もいるので、考え方は人それぞれだ。私の場合、日本の大学の卒業式も出席することは出来なかったため、アメリカでの卒業式には参加したいと願っていた。

仕事に復職して、長期休暇をとるのはなかなか難しい。けれども、なんとか5日間(アメリカ滞在は3日間)を得ることができたため、12月17日の卒業式に参加することができた。

卒業式に参加するのは、学士、修士、博士の全ての課程である。壇上には博士課程の卒業生、アリーナの先頭には修士課程の卒業生、そしてその後ろに1000人の学士が並ぶ圧巻の卒業式である。学士は、四角い帽子にタッセルという紐の房をつけたもの(卒業式式典の中で、このタッセルを右側から左側へ移動する。これは、「人生のあるステージを越えた」ことを意味し、さらに新しいスタート地点に立ったことを意味しているらしい)とガウンを着用する。修士も同じだが、タッセルの位置がすでに左に位置しているところが違う。博士はガウンがうん万円もするもので、帽子はベレー帽のような形にタッセルがついている。ちなみに学士の着用するガウンは、帽子も合わせて8000円くらいだ。

大学の教授らは、自分の卒業大学のガウンとベレー帽を着用して参加する。ガウンを見ると、どこの大学の博士課程を修了してきたかが一目でわかるようになっている。みるからに高価な生地である。さすがに将来大学の教授などになる予定の無い博士課程卒業生は、卒業式のガウンと帽子はレンタルだそうだ。この1回のためにうん万円も出せないというのが、実際のところだろう。

私は、このガウンと帽子を着用して卒業式に出席することと同時に、もう一つ着用したいと思っていたものがある。日本の袴だ。普通の家庭に育っていたら経験できていたかもしれない若いときの大学卒業、それをこの歳で達成できたことは、私にとって感慨深いものだった。自分で準備した着物と袴を自分で着付けて、アメリカの卒業式に参加できたことは、これまでの自分の生き方を自分で認められる出来事にもなった。

産まれる家庭は選べない、けれども生き方は自分が選んでいけるのだ。他人から見たら、貧乏生活でも、普通の家庭環境じゃなくても、私はこれまでの全てをポジティブに考えられるようになった。「私は幸せである」と言える自分であること、それがどんなに幸せなことか最近よく思うのである。行きたい先につながる道がみつからないなら、自分で作ればいい。時間をかけても行きたい先があるなら、そこにはいつか行けると信じることが大事だ。あと残りの人生20年、どういう道を作ってたどりつくのか。今回の卒業を胸に、また一歩スタート地点に立てたことに感謝しつつ、自分を信じて次の道を探して作って歩いていきたい。

 

東京ベイ浦安市川医療センター
集中ケア認定看護師/米国呼吸療法士

戎 初代